犬との暮らし、そんなに「きちんと」しなくてもいいのかもしれない

愛犬と暮らし始めた10年前、私はいつも「ちゃんとやらなきゃ」と思っていました。

きちんと散歩に行く。(きちんとドッグランへも行く!)
きちんとごはんをあげる。(トレーナーに言われた通り!!)
きちんと歯を磨く。(できるようになるまでいろいろ試す!!!)
きちんとお世話をする。(ああもうそれは、体力の許す限り!!!!(笑))

それが、いい飼い主だと思っていたからです。

たぶん私は、そうは意図せずに、完璧を目指していたんだと思います。

できているか、できていないか。

人から見ても「ちゃんとしている」と思われるか。

いつの間にか、そんなことが自分を判断する基準で、そうでなければいけないと思っていました。

それは、当時の子育ても同じでした。「今日はできなかった。」「私、こんなんじゃだめだ。」寝ても覚めても罪悪感がおってきました。

でも、犬と暮らして10年。

今は少し違います。

愛犬が隣にいるところで本を読む。

一緒にお昼寝をする。

庭の草をちょっとむしる。

朝と夕方、いつものように散歩をする。

好きなものを食べて、夜になったらお酒を飲んで寝る。笑

特別なことはなーんにも、まーったく、していない…。

それでも、

「ああ、今日はめっちゃ いい日だったな。毎日こんな風に過ごしたい。うぅー。」

と思えるようになりました。

もちろん、散歩も、ごはんも、歯磨きも大切です。

でも、それを全部「きちんとやらなきゃ」と思うあまり、飼い主がいつも余裕をなくしていたら、少しもったいない気がします。

犬と暮らすことは、犬のために何かをしてあげることだけではありません。

隣で一緒にゆっくりする。

きちんとするより、同じ時間を心地よく過ごす。

そんな何でもない時間も、犬と暮らす楽しさの一つなんだと思います。

昔の私は、人から見てきちんとしているかどうかで、自分を採点していました。

今は、自分が納得できていれば、それでいいと思っています。

自分の人生の採点を、人に任せなくなったのかもしれません。

そして犬との暮らしも同じです。

誰か、から見て「きちんとした飼い主」であることより、

今日も一緒にいて心地よかった。

そんな日を重ねていけたら、それで十分なのかもしれません。

そんな風に思える私の今は、こんなに満足した表情の愛犬がここで、今寝ていて、正解を教えてもらっている気分です。

子育ても、とてもとても大事なことは『あなたがつらい表情をしていないこと。』だったりします。

力を抜こう。

もっと楽しく、一緒に経験を積んだらそれだけで、犬ってそれでよくて、成長したりします。。

犬にとって、幸せなのは、なんでもきちんとしてくれる飼い主だけじゃなく、一緒にいる時間を楽しんでくれる飼い主なのかもしれません。

あなたの犬をよくみてください、きっと「一緒に楽しくいようよ。」って、

ただそれだけを、言っていませんか?。

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